岩舟町下津原で生まれた慈覚大師 円仁。朝廷から大師号を授けた最初の高僧としても知られています。

岩舟町の観光情報

慈覚大師 円仁(じかくだいし えんにん)

慈覚大師円仁は延暦13年(794)岩舟町下津原で生まれ、幼くして仏門に入り当地で6年間修行をしています。後に伝教大師最澄の弟子となり貞観6年(864)71歳で、天台宗の総本山である比叡山の延暦寺にて入寂している。朝廷から慈覚大師という「大師号」を授けた最初の高僧としても知られる。

42歳のとき、朝廷からの命令で唐(中国)に留学することになる。目的は天台宗の生まれた天台山に行って大唐文化や仏教思想を学び日本に伝えることであった。

唐を旅した承和5年(838)から約10年間の旅行記が「入唐求法巡礼行記(にっとうぐほうじゅんれいこうき)」と呼ばれる。その内容は仏教のみならず政治・制度・文物・民族などに及びそれぞれの部門で貴重な資料であり、かって岩舟町を訪れたライシャワー博士(元駐日大使)によって広く世界に紹介された。

「入唐求法巡礼行記」は三蔵法師の「大唐西域記」、マルコポーロの「東方見聞録」とともに世界の3大旅行記といわれている。

慈覚大師を開基とする寺は、立石寺のほか平泉の中尊寺、毛越寺、松島の瑞巌寺などがある。

慈覚大師円仁誕生の地大師は延暦13年(794)の秋ここで誕生したといわれています。 名を円仁といい平安時代随一の学僧といわれ、嘉祥7年(854)に天台座主となり貞観8年(866)には天皇より慈覚大師の大師号を日本で初めて賜った。町指定史跡のこの地には、大師が産湯に使ったと伝えられる古井戸が今も残っている。

相輪塔(栃木県指定文化財)ライシャワー元駐日大使の研究で有名な、偉人慈覚大師円仁が9歳から6年間修行したこの寺には、聖観音菩薩坐像をはじめ、相輪塔など、多くの文化財が保存されています。昭和39年ライシャワー氏もこの地を訪れています。 花暦のページで大慈寺のつつじを紹介しております。ぜひご覧ください。
写真:相輪塔(県指定文化財)

 
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